2014年6月26日木曜日

スマホでTVの視聴

最近のスマホは、フルセグを視聴できる。
3月末に、消費税増税前の駆け込みで買ったSONY XPERIA Z1でもフルセグをハイビジョンで見れる。

これでワールドカップを見ようと思ったのだが、時々途切れる。
電波が弱いのかな?と思って、インターネットを見て、自作アンテナの接続方法を調べた。
小さなアンテナをつけるくらいなら、思い切って壁のF型コネクタに携帯をつないでしまおうと思い、つなぐためのケーブルを作ってみた。

TVに切り替えるとフルセグがバッチリ映る。信号の強さを示すバーも3本立っている。
極めて受信の感度がいい感じだが、突然切れる。バーの数も0本。
また、なかなか映らないことも多い。
TVの電波は、アンテナ直結でばっちりなはずなのに、まるで何かのスイッチが切れたかのように突然受信できなくなる。
そうかと思えば、突然入ることもある。

3本になったり、0本になったり、アナログ的な変化とは思えない。
なぜ、こうなるのだろうと思って、携帯電話の動きをよく観察した。
TVの電波が落ちる前に、携帯の電波が落ちている。いわば圏外になった感じだ。
ウチの近所では携帯の電波も決して悪くなかったハズ。いつからこうなったんだ?と、思ってアンテナケーブルを外して、電波の受かりやすいところを探そうとしたら、3本立っている。
もう一度アンテナケーブルをつなぐと、携帯の電波の受かりが悪くなる。

どうも、TVの強い電波が携帯に入ると、携帯の電波を妨害してしまうようだ。
携帯の電波が妨害されて、携帯が圏外になると、TV機能をOFFにする仕組みになっているようだ。

つまり、TVを見るためには、TVの電波が十分に強くなければならないが、強すぎて携帯を妨害するようではいけない(ようだ)。
ほどほどが良いという事になるが、なんという面倒くさい条件だ。
そんな中途半端のスイートスポットを狙えるかよ。
なんとかならないものかな…。

2014年6月15日日曜日

虫歯治療

この何年間かで体力が落ちたと感じていた。

体力の限界を最初に感じたのは、数年前、仕事の都合で徹夜になった時だ。
うすモヤの中を、赤い太陽が登ってくるのを職場の窓から見ているとき、フラフラで頭も回らない感じだった。
30代前半までは、一晩徹夜なんてなんともなかった。普通に月に1度程度は徹夜だった。
それが30代末ごろから、急激に弱っていったのだった。
目が悪くなり、右上の親知らずが虫歯になり…。
そういう年齢だ。年のせいだと思っていた。


時は流れ、今年になって、時々右下の奥歯のあたりに痛みを感じていた。
数時間で痛みはなくなっていたので、あまり深刻に受け止めていなかった。
先月、左の耳が詰まったようになり、ダイビングをやるのに支障をきたすようになった。
いつかは体力の限界も来るだろうけど、まだ引退には早いだろう。医者へ行った。
それまでは、腐っても九州男児、多少の無理でダメになるわけがないと、健康には無頓着だった。 しかし、このあと「あっちこっちガタがきてるんだな。」と反省し、耳が治った後、右下の奥歯についても診てもらおうと覚悟を決めた。

前月末、インターネットで近所の歯医者さんをしらべ、評判の良さそうなところを探した。
1kmもない所に、良さそうな歯医者を見つけて、そこに通うことにした。

悪いのは、右下の親知らずという事で、抜くことになった。
実際に抜いて、見てみると、その手前の普通の歯も、虫歯になっていたそうだ。
実はこの歯、30代末頃、右上の親知らずを抜いた時に、下の歯も虫歯になっているという事で、治療を受けた箇所だった。
当時治療をした歯医者さんは、作業が雑で、いい加減な感じだった。
新しい歯医者さんは、発見されたその虫歯を緊急的に処置してくれた。
本格的な処置は、抜歯の痕が落ち着いてからという事になった。

柔軟かつ的確な判断と、素早い作業。あっという間だった。
その新しい歯医者いわく、「あの、よくいるでしょ?『痛かったら左手をあげてくださいね。』って言う歯医者さん。ぼくは言わないね。痛くても途中で辞めるわけにはいかないから。治療を始めたら最後までやらないと。だから我慢してもらうんだ。」
冗談ばかり言っている先生だが、腕と技術は間違いなさそうだ。そして、なにより正直でもある。
良い歯医者さんにめぐり合った。

抜歯して、虫歯の応急治療をしてもらった後、なんかすっきりした感じで、体が軽い。
禁煙を始めた直後の、あの体が軽くなる感じとそっくりだ。
先月の耳の治療の後も、耳には違和感が多少残っていたのに、それも徐々に消えてきている。
お腹を壊すことが多かったが、それも今は落ち着いている。
歯を直しただけなのに、なぜか全身がエネルギーに充ち満ちて、まるで若返ったような気にさえなっている。

今はまだ治療の途中なので勝手が悪いが、ちゃんと治ったら、さぞかし良い気分だろう。

2014年5月29日木曜日

✕って…

/usr/share/i18n/charmaps の UTF-8.gz に、UTF-8の文字の幅の情報が入っているのだが、欧州仕様なので極東用にUTF-8-CJKというのが作られたようだ。
これを落としてきて、文字幅取得プログラムを書いた。
動作確認のために、自分で使いそうな文字の幅を調べてみたら、おかしな文字があった。
'✕'が半角として認識される。
実は、GoogleのMozcで、「かける」と入力した時に出てくるやつは、E2 9C 95@UTF-8(U2715:Multiplication X)という文字だった。
昔ながらのJISの乗算記号は、C3 97@UTF-8(U00D7: Multiplication sign、817E@Shift_JIS)で、なんと別の文字だった。
「乗算のX」よりも、「乗算の記号」と呼ばれるものの方がメインだと思うが、どうだろう。
Googleは何故こんなことをしたんだ。世界共通という事だろうか?

Mozcの"Character Palette"で、IPAフォントのU2715の近辺をしらべると、倍角文字と思われるグリフがたくさん入っている。
しかし、UTF-8-CJKでもその辺の文字は幅2にはなっていない。
おそらく、元々Shift_JISに存在していたもの(U00D7)は倍角文字だが、U2715はShift_JISに該当するものがないので、欧米と共通の扱いという考えで、半角なのだろう。
(MSゴシックで見ても倍角だった)
計算式を半角英数で書くのなら、演算記号も半角英数に揃えたいだろう。そのように考えれば、乗算記号も半角となる。
(過去において、半角英数と倍角の乗算器号を混ぜて書いても、見た目の不自然さはほとんど無かったが…) ギリシャ文字は計算式によく登場するが、これはJISの頃から倍角文字だ。しかし、ギリシャ文字は欧米では半角である。
計算式に登場するものをすべて半角に揃えるとなると、ギリシャ文字も中途半端な扱いになってしまう。

簡単そうに見えて、奥が深い。
どのように扱うのが正しいことなのだろう。さらにわからなくなった。

P.S.
このU2715の扱われ方は、ソフトウエアごとに異なるようで、geditでは倍角、Gnome-Terminalでは半角になっている。
geditは可変幅フォントを可変幅として表示できるし、文字をボールドにしただけで文字幅が変わるので、倍角で扱っていると言うよりも、グリフの幅(フォントの幅)で扱っているのだろう。

2014年5月23日金曜日

①△□ の幅

1980年代に、パソコンで漢字が使えるようになった。
はじめのウチは漢字の入力、表示、印刷するだけでも苦労があったので、使わないことも多かったが、NECのPC-98が出た頃から、比較的確実に漢字が使えるようになってきた。

漢字というか、日本語文字セットは文字数が多いので表現力が高い。
①、△、□、♪、などなど、様々なグリフがある。
ソースコード内のコメント等をこの高い表現力で書けば、テキストだけでわかりやすい文書にすることもできる。
(文書を構成する能力が重要だけど)
という訳でしばしば、そういった特殊な文字を使ってソースコードのコメントを書いてきた。

自宅ではUbuntu12.04を使っている。
先日、新しいLTSの14.04が出たが、Upgradeは半年ぐらい様子をみてからにする予定だ。
面倒なことにUbuntu上でいくつかのアプリでは、これら特殊な文字の文字幅がメチャクチャになる。
具体的には、gnome-terminal上で一部の全角文字が、半角の大きさとして扱われてしまうのだ。
(geditでは問題ない)
なんでこんなことになるのかを調べた。
なんとUnicodeにするときに、一部のグリフがヨーロッパのものと混ざったようで、欧米では半角文字と同じサイズで、日本では全角文字になる文字があるのだ。
(そもそも欧米に全角/半角の概念はないので、全部同じ文字サイズになる)
たとえば、■(黒い四角)で図を書いたとしよう。このとき、日本での表示と海外での表示が違ってしまうのだ。

日本だけの閉じた世界なら、全角/半角を昔ながらの方法にあわせて扱ってしまえばいいが、Unicodeがそれでいいのか?
世界中で同じ文字体系が使えるはずだったのではないのか?

崩れないものを書きたければ、ワープロ等で書いて、PDFにすればいい。
それでもいいだろう。常にソースコードとPDFを一緒にするのなら。
しかし、ソースコード内に書いておきたいのだ。

日本語でコメントを書いた時点で、海外とやり取りはほぼ無理になる。
開き直って、日本語文字セットを使ったものは、やり取りは無いのだから、気にしないという選択もありかな。
自分にさえわかれば、とりあえずいいだろう。

ただし、新たに書くものについては、特殊文字は使わない(減らす)ようにする。

2014年5月21日水曜日

咳がでる

なんか今年はお腹を壊したり、風邪をひいたり、忙しい。

GWにセブに行っていたのだが、油断して鼻風邪をひいていた。
鼻が詰まれば、耳が抜けなくなる。
最終日は浅いので、けっこう辛かった。

帰ってきて、次の週も鼻風邪で耳がつまりっぱなし。
日本でも潜ろうと思っていたのだが、耳がこれでは無理だ。
ずっと耳が詰まっているので、先週病院に行った。

先生は、かなり忙しかった様子で、2時間待って、5分診察。
耳、喉、鼻を見て「薬を出しておきます」で終わり。
なんだそれ。と、思いながらも、病院嫌い。早く帰りたいので、薬局で薬を買って帰ってきた。

帰ってすぐに薬を飲むと、よく効いた。
次の日の朝には、ほとんど治っていた。
「この様子なら、月曜には完治だな」と、油断していたら、日曜の夜にピンポイントで喉の奥が痛い。
そして月曜。まだ喉の奥が強く痛む。そして、咳が出るようになった。
耳は完全に抜けているので、先週までの風邪とは訳が違う。
そして、あんなに効いていた薬が全く聞かない。抗菌剤も入っているのに効かないという事は、ウイルス性の疾患か?

ビートルズのポール・マッカートニーさんの公演が、中止になったそうだ。
ポールさんもウイルス性の炎症だそうだ。
もしかしたら、同じ病気ではないか?

日曜の夜から72時間が経過。さすがに、回復してきた。
明日には、ほぼ完治だろう。
花粉症が終わったと思ったら、2つの風邪を連続して引いて、もううんざりだ。

関係ないが、MERS=中東呼吸器症候群 が中東だけでなく、欧米でも流行り始めているらしい。
致死率 40〜50%とも言われる極めて危険な病気だ。
現在、感染方法も、感染経路も、予防方法も、治療方法もわからない。
そんなものがパンデミックにでもなればやばい。

2014年5月19日月曜日

トルコ料理を食べてきた

先週、トルコの炭鉱で事故があり300人ぐらい死んだそうだ。

イラン・イラク戦争の時、日本はイラクに取り残された日本人を救うことができなかった。
民間飛行機+民間パイロットで、戦場での救出作戦を行おうとしたが、安全が確保されないとの理由により、組合が拒否。
民主主義国家が、民間人へ命令するというのも無理がある。
じゃ、自衛隊は?
その頃、戦後から一貫して、アジア諸国への挑発や刺激とならないように、自衛隊の海外での活動を一切許していなかった。
アジア侵略の歴史を深く反省し、海外への侵略行為と思われるような行動を断固として拒絶してきた。それについて考えるだけでもタブーと言った感じだ。
たとえ日本人を守るためでも、平和ボケと言われようが、自衛隊の海外派遣は日本では許されざる事のように扱われていた。
自衛隊派遣について、国会で審議されることとなるが、タブーとも言える議題が、すんなりまとまるはずもない。
ウダウダしている間に、時だけは過ぎていく。
イラクに取り残された日本人たちが、ますます危険になる。

そんなとき、トルコ共和国が、飛行機でイラクに残された日本人を救出してくれたのだ。 なんて、いい国なんだろう。
気は優しくて力持ち。理想のヒーロー像じゃないか。

トルコになんかあった時は、募金とかあれば、多少なりともお金をだそうと思っていた。
地震があった時にも、募金があったので、お金を出した。
今回の事故でもお金をだそうと思った。どうせならトルコ人に直接渡そうと考えた。
ここは、日本の首都圏。首都東京は、世界最大の都市でもある。
世界中の人々がいるはずだ。
近所でトルコ料理店を探すと、やや遠いが自宅から7.5kmの距離に発見した。

トルコ料理 Ancyra

ここへ行って、トルコ料理を食べて、お店の人にお金を渡してこようと考えた。

お店に入ると、真面目そうなトルコ人が迎えてくれた。
「どうぞ奥へ」と流暢な日本語で話しかけて来た。言葉が通じなかったらどうしようと思っていたが、問題なさそう。

オスマントルコ時代、世界中の美味しい物が集められ、トルコ料理が形作られた。
メニューを見ただけで、美味しそう。見た目にも美しい。
サラダ、ケバブの盛り合わせ、ビールを注文した。
サラダは写真を取る前にうっかり食べてしまった。途中で気がついて写真をとった。


ラム肉が入っていると聞いていたが、癖がなくとても美味しかった。

食事をしながら「先週300人が炭鉱で死んだみたいだけど」って聞いたら、「みんな保険に入っているから大丈夫です。」「女性は仕事ができないので、男は必ず保険に入ってます。」という返事。
厳しい土地だからこそ、備えあれば憂いなしといったところか。

「イラン・イラクの時、日本人を助けてくれてありがとう。」と話したら、 トルコも日本も平和を大切にする国です。平和が一番いい。戦争はよくない。
戦争をしたがる人たちは、殺すことも死ぬことも無く、武器を売って儲けてる。
殺す人も、殺される人も、なぜ殺すのか?なぜ殺されるのか?わからずにそうなる。失うばかりで、何も残らない。
そう言いながら、しかめ面をしていた。

帰りる時に「このお金をトルコに送って。」っと言いながら、代金とは別にお金を渡そうとした。
すると「保険があるから、大丈夫です!ありがとうございます。」と断ってきた。
卑怯者なら、着服するだろうに。
トルコ人は、遠慮深く、真面目な人なんだなと感じだ。
食事も美味しかったし、いい気分にもなれた。

2014年4月12日土曜日

久しぶりに逆アセンブラでbug発見

以前いじっていたラインアセンブラ&逆アセンブラのコードを何気なく見ていたら、Bugを発見した。
最初、おかしいなと感じるけど、しばらくいじってなかったので、判断できない。
MSP430は、アセンブリ言語とマシン語が一対一ではないので、バイナリが一致していなくても、同じニーモニックになる事がある。
それと区別するのがやや手間である。

SVNのメッセージやログ、テストコード、ソースコード内のコメント、そしてこのブログの記事を読んで、その当時のことをだんだん思い出してきた。
テストコードがERRORと判断したものは、14個ある。
それらすべては、逆アセンブルして、アセンブルしなおした内容が、元のマシン語に一致しないというものだ。
同じ異常が複数回報告されているので、種類数でいうと4種類になる。
そのうち、3つは表現が違うだけで、問題はないことがわかった。
残りの1つは、やはりBugだった。

ブログの記事を見直すと、正常系しかテストできてないみたいなことが書いてある。
このBugは、異常系のコードを扱う時の問題だ。異常系の処理も最初から実装しているものの、とりあえずテスト内容からは除外していた。しらみつぶしテストを作るときに、それらのテストも行う用意を始めたのだが、何らかの事情で、途中で投げていたようだ。

Bugを修正した後、残りの3つについても、どうするか検討した。
表現が違うのは、元のマシン語が特殊すぎるものだからだ。
これらは、無駄に長いワードで表現された命令や、アドレス範囲が狭いものなど、通常使われないマシン語だ。
これを逆アセンブルして、アセンブルしなおした時、アセンブラが適切なマシン語にしてしまうため、元のバイナリとは違ってくる。

色々考えたのだが、逆アセンブラがこのような通常使わない命令に遭遇するのは、コード領域以外の部分を逆アセンブルしてしまった時が多いだろう。
本来、これらの領域を逆アセンブルする必要はない。しかし、どういう命令なの解かっているのに示さないというのも、逆アセンブラとしては片手落ちだ。そのため、逆アセンブラとしては、アセンブリ言語で表示すべきだ。しかし、アセンブリ言語になってしまうと、普通の命令と区別がつかなくなる。
元のバイナリが普通ではないという事が区別できるようにしておきたい。そうすることで「ここはコード領域ではない可能性が高い」というのがわかりやすくもなる。
区別のため、そのような命令の後ろに、コメント文で"WARNING: Inefficient instruction."とか、"WARNING: Restricted DST ADDR."とかをつけるようにした。
とりあえず、実装してみたが、Warningと言いたくなるような命令は他にもたくさんある。
今回は、問題を検出したその場所で表示するようにしたが、もっと統一的な手段で実装したほうがいいかもしれない。

その修正をするのはいつになるだろう。また来年かな。
納期があるわけではない。のんびりやろう。

関連する過去の記事:
ラインアセンブラ
ラインアセンブラ2
ラインアセンブラ3
ラインアセンブラ4

2014年4月6日日曜日

井田へ行ってきた

先週の日曜も井田に行っていたのだが、1本しか潜らなかった。
その日は、すごい低気圧で海は荒れていた。

特に2本目は、うねりも入り、危険な雰囲気だった。
それでも海に入り、ある程度沖まで出て、これからエントリーというところで、田中さんが「何か嫌な気がする。」と言い出した。
ポジティブシンキング&サービス精神旺盛な田中さんが、そんな事を言うのは珍しい。
遠回りに、すれすれの言葉で危機的状況に対する警告を発しているかもしれないと感じ、「上がりますか?」と聞いたら、田中さんは「うん。上がろう。」と答えた。
3月頭にも、井田に行っていたのだが寒すぎて1本しか潜っていなかったので、潜りたかったのだが、田中さんがそういうのだから、諦めるしか無い。

帰り支度をして、海を後にするときにもう一度見ると、危険なほど荒れていた。潜っていたら、ちょうど上がる時間だ。田中さんはこれが解っていたのかと思うと、あらためて尊敬した。本当にすごい人だ。

そして今日、先週のリベンジという事で、また行ってきたのだった。
自分にしてみれば、2度の連敗に対するリベンジ。
「今度こそは!」という強い思いで臨んだ。そのせいか、極めて不安定な大気状態で、暴風・雷雨、さらに季節外れの雪と言われていたにも関わらず、井田に到着した時点で、ピーかんの晴天。
気温はやや低いものの、抜けるような青い空の眩しい太陽が暖かい。

大粒のゴミは目立つが、透明度も水温も高め。黒潮は離れてるのに、なんだろう?
井田といえば、群れ。
イシモチ、キンギョハナダイ、スズメダイの群れ、群れ、群れ。


ソフトコーラルに、スズメダイが隠れていた。
なんか、面白かったので撮影した。


大きなウミウシがいた。


見慣れないのがいたので、撮影したが、手ブレがひどい。
やはり、いつもとは違う潮が流れてきてるのだろう。

この魚なんだろう。ハゼ?トラギス?ギンポ?ホウボウ?

コウイカの子供もいた。




オルトマンワラエビ。


シマウミスズメも狙ったんだけど、撮影失敗。

さかなくんが帽子にするほど、ハコフグは可愛らしい。
見つけるととりあえず撮影する。

海から上がっても、強い日差しで温かい。
天野荘の前で売られているネーブルを買ったら、おばちゃんが「これも持ってって」と、さらにネープルをくれた。

(帰宅後に撮影)


帰りは、沼津漁港の丸天で「生しらすぶっかけ丼」を食べた。
生しらすは傷みやすいので、海でしか食べられない。

醤油をさっとかけて食べると、素朴な美味さが楽しめる。

食事後に移動し始めると、強い雨が降ってきた。稲妻が光り、雷鳴が轟く。
海にいる時のあの穏やかな晴天はどこへ行ったのかという感じだ。
箱根を超えて帰ってきたが、途中雪が降っていた。

今日は、一日で、春夏秋冬を味わったような感じだった。
それもまた、いとおかし。

2014年3月28日金曜日

Cebuへ行ってきた Mar.2014 #3

3/22(土) 昨日のモアルボアルに続いて、今日もモアルボアル。
昨夜、深夜0:00になった瞬間に激しい雨が降り出した。その直後に眠ってしまったので、いつまで降っていたのかはわからないが、朝起きた時には、パラパラ程度。

昨日、体調がすぐれなかったため、早朝ダイビングは無しにしていた。
既に回復していたが、急にやると言い出す訳にもいかないので。

朝食の前に海を見てきた。波もほぼなく、落ち着いている。
これなら、ペスカドールで潜れるだろう。
そのまま昨日のパン屋さんを見に行った。なんと!パン屋さんなのに、朝は営業していない。パン屋さんは、朝一番早くないとダメだろう。それでもパン屋さんか!

9:00から1本目。ペスカドール。


またサルパがいた。
つながってるやつだけど、短い。
こんな具合にサルパの個虫から増殖している。
他にも色々いたけど、海を楽しむ方に専念して、カメラはあまり使わなかった。

11:00から2本目。トンゴ。 入ってすぐに、オオモンカエルアンコウを発見。
これで、知人の希望はすべて達成。

小さいのも何個か撮影。
そして、カメさん登場。

カメさんは、サルパが大好きだ。
サルパがたくさんあれば大喜びだろう。
5匹ぐらいしか見れなかったのが残念だったけど、そういうこともある。

ダイビングが終わって昼食。

最終日の朝は、雨に降られたけど、それ以外は天気もよく楽しいダイビングだった。
何よりも、スギ花粉がないのが、この時期は天国である。
もう少し潜っていたかった。

まだ時間がある時に、たっぷり来るとしよう。

2014年3月27日木曜日

Cebuへ行ってきた Mar.2014 #2

3/21(金) オスロブ&モアルボアル遠征ツアーの初日。
ホテルを4時に出発する。
朝起きてビックリ、喉が痛い。エアコンは寝る前に切った。
そういえば、一昨日、成田でカキフライとんかつ定食を食べたとき、喉の奥に痛みを感じていた。
花粉症で喉の奥が荒れているのだろうと思っていた。
もしかしたら、風邪をひいていたのかもしれない。

本日、オスロブでは潜らない予定だったので助かった。
車の中やみんなが潜っている時にのんびり休んで、回復を待つことにする。

オスロブのジンベイは、とても有名だ。
世界広しといえども、こんな場所は滅多にない。そのためか、やたらとダイビング料金が高い。
たくさん払ったお金が海のために使われるのなら良いが、お屋敷を立てたり、贅沢な暮らしをしたりするために使われる。
そんなものに、お金を払いたくないので、キャンセルしていた。
なんという偶然。助かった。

みんなはジンベイを見にいった。

(出典: Club Mew divers のFaceBook)
階段の上にいるのが僕。降りて写真を撮ろうとしている。

朝日のキラキラの中を、出発する。

ジンベイは、10匹ぐらい来ていたそうだ。
昨日のチョウチョウコショウダイに続いてジンベイも見れて、目的の2つまでは達成できた。
僕自身は潜ってないので、海の中の写真は、Club MEW DiversのFaceBookを参照せよ。

その後、モアルボアルに移動。

良い天気になってきた。
まずは、昼食へ向かうのだ。

新しいパン屋さんができていた。うまそうなパンが売られていた。
見本を1つ置いておいて、その場で作った方が売れると思うけど、どうだろう。
すっかり体調も回復し、食事後はオスカーケーブで潜った。
イワシとアジの群れ。
それを狙うイソマグロ。

なかなかピントが合わないので、イライラする。
このポイントでは、カメはあまり期待していなかったが、登場してくれた。
やや小ぶりのカメさんだった。3つ目の目標まで達成。
明日、トンゴやカサイウオールで潜るので、もっとたくさん見れるだろう。