2024年2月11日日曜日

「おみせ屋さん」という言葉

「八百屋さん」「魚屋さん」「パン屋さん」「お菓子屋さん」という言葉がある。
子供の頃からそのメタ的な表現として、「お店屋さん」と言う言葉を使っていた。

使ってはいるが、子供の頃からこの「お店屋さん」と言う言葉に、違和感を感じていた。
何かを売っている商店は、その品物の名前+「屋さん」になっている。
「お店」はそれだけでも商店という意味があるので、「屋さん」をつけると、商店を売っている商店という意味になる。

とはいえ、「お店屋さん」と言う言葉はよく聞く。
そして、「『お店屋さん』って言葉はおかしい」という意見も、同じくらい聞く。

違和感を持っている人は多いのに、使っている人も多い。
自分にはまだ気づいていない理由があるのかもしれない。

考えてみた。

「お店」「屋さん」と書くと、それぞれ商店を強くイメージするが、漢字は中国からはるか昔に輸入したものだ。
古代の日本には漢字はなかった。
そのため、日本語の意味を考えるとき、漢字の意味に惑わされてはいけない。
一旦「店」「屋」の漢字の意味を忘れよう。

まず、後ろの「屋さん」の方から。
「がんばり屋さん」「さみしがり屋さん」という言葉がある。これらは商店ではない。
人の特徴や気質のようなもので、他の人よりも「がんばる」人、「さみしがる」人を指す。
そういう特徴を持つと言う意味で「屋さん」を使う。
そのように、「パン屋さん」は「パン専門店」、「お菓子屋さん」は「お菓子専門店」と考えても違和感がない。

つづいて「お店」のほう。
「おみせ」の頭の「お」は接頭辞と考えていいだろう。ここに深い意味はない。
じゃ、残りの「みせ」は?

たとえば、バザーやフリーマーケットでは、商品を広げて陳列して「見せて」いる。
コンビニでも高級百貨店でも、商品は陳列され、中にはショーケースに入れられて、見せている。
この「見せる」と言う行為は、小売業では普遍的なもののようにも見える。

貨幣経済以前の古代日本でも、物々交換のとき交換物を相手に「見せて」いたのは間違いないだろう。
この「『見せ』る」という言葉が「みせ」の意味と考えられる。

ここまでの解釈を組み合わせると、「おみせやさん」は「他の人よりも積極的に何かを見せる人」と言う意味になる。
良い条件での交換を成立させるためには、見せ方にも工夫を凝らすだろう。
その努力を惜しまない人のことを、古代日本では「おみせやさん」と呼んだのかもしれない。
後に漢字が輸入され、「お店屋さん」という漢字が当てられた。

東京浅草の浅草寺の「仲見世通り」というのがある。
この「見世」と書いても、「店」の意味がある(自分で検索してみて)。

そのように考えれば、「お店屋さん」もそんなにおかしな言葉ではない。
それに気づくのに50年もかかった。
おっちょこちょいだな。

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